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長崎地方裁判所 昭和34年(行モ)3号 決定

申立人 長崎中央協同組合 外一〇五名

被申立人 長崎市長

主文

本件申立は、いずれも、これを却下する。

申立費用は、申立人らの負担とする。

事実

申立代理人の本件申立の趣旨は、「被申立人が、申立人らに対し、昭和三四年三月一四日付でなした別紙第二目録記載の物件の除却を命ずる旨の処分は、本案判決確定に至るまで、その執行を停止する。」との決定を求めるにあり、

その申立理由の要旨は、

一、申立人らは、別紙第二目録記載の物件の所有者又は占有者であるが、被申立人は、右物件が道路法第三二条第一項の規定に違反しているとして、同法第九一条第二項、第七一条第一項第一号に基き、申立人らに対し、昭和三四年三月一四日、右物件を同月二〇日までに除却することを命ずる旨の処分をなし、さらに、同月二三日付戒告書をもつて、申立人らが、同月二九日までの除却をなさないときは代執行をなすべき旨の戒告をなし、ついで、同月三〇日付代執行令書により同年四月七日午前九時から代執行を実施する旨通知した。

二、しかし、被申立人のした右の除却を命ずる旨の処分は、左記の理由によつて違法である。

1、本件除却命令は、内容が不明確かつ不可能である。

被申立人は、申立人ら各自に対し、「市道二九四号線中西浜町電車停留所より思案橋電車停留所に至る歩道二二八坪七六の上仮設店舖其他工作物一切」の除却を命ずる旨の処分をなした。しかして、右の「市道二九四号線中西浜町電車停留所より思案橋電車停留所に至る歩道二二八坪七六」(以下本件土地という)の上には一一棟の家屋が存在し、各棟六戸ないし二〇戸に区分されて、各戸に申立人らがそれぞれ居住して商業を営んでいる。それ故、本件除却命令は、申立人ら各自に対し、各自が所有する部分を特定して、その特定部分の除却を命ずるものでなければならないのにかかわらず、それを特定せず、申立人ら各自に対し、その所有していない部分を含めて右一一棟の家屋全体について除却を命ずることは、除却命令の内容を不明確かつ不可能ならしめるものである。

また、除却命令は、除却されるべき物件の所有者に対してしなければならないが、申立人らの中には、その占有家屋の所有権を有しないものもあるから、本件除却命令のうち所有権を有しない申立人らに対してなされたものはこの点からしても内容の不可能をきたすことになる。

2、本件除却命令は、道路法第三二条第一項の適用を誤つている。

本件除却命令は、本件土地の上に存在する申立人らの所有又は占有にかかる「仮設店舖其他工作物一切」(以下本件物件という。)が、道路法第三二条第一項の規定に違反することをその理由としている。しかしながら、右の規定は、道路占用許可に関するものであつて、申立人らのように、賃貸借によつて、本件土地を占有しているものに対しては適用の余地がない。そもそも、申立人らの本件土地の使用権限は、昭和二七年七月一五日、長崎市と申立人長崎中央協同組合との間に締結された賃貸期間昭和二九年四月一日から昭和三三年一二月三一日まで、(但し、更新することができる。)借地料一坪あたり一カ月金一〇〇円、借地面積二五一坪九五なる賃貸借契約に基くものである。申立人長崎中央協同組合は、その余の申立人らの相互扶助を目的として昭和二四年九月二九日設立されたものであるが、右申立人組合の手によつて、長崎市から賃借した本件土地を含む右土地の上に本件物件を含む一二棟一二六戸の家屋を建築し、これに右申立人組合を除く申立人から入居して商業を営み、右家屋に入居したものは、各戸別に割り当てられた右家屋の建築資金を右申立人組合に納入し、その納入を完済したものは、その入居家屋の所有権を取得することにしたのである。このように、申立人らは、申立人組合と長崎市との間の賃貸借によつて本件土地を占有しているのであつて、道路占用の許可によつて本件土地を占有しているのではない。

もつとも、右賃貸借契約の締結にあたつては、長崎市は道路占用許可書を発行し、形式的には道路占用許可となつているけれども、右契約当時は、本件土地は事実上の道路たるの形態は具備していたが、道路法による路線の認定がなされていなかつたから、道路法にいわゆる道路ではない。従つて、申立人組合の本件土地に対する使用権の設定は、形式上は、道路占用許可というも、その実質は、借地法の適用をうける私法上の賃貸借契約といわざるをえない。公有物といえども私権の対象となりうることは論をまたないところである。とすれば、右の形式上の道路占用許可には、「許可期間満了後は、組合において、道路上の仮設建築物は、自己の費用をもつて撤去すること。」なる条件が付されていたけれども、右条件は、借地法第一一条により効力がないものである。よつて、右の賃貸借契約を道路占用許可とし、その占用期間が満了したから、道路法第三二条第一項の規定に違反するに至つたとして本件物件の除却を命ずる旨の本件処分は、法律の適用を誤つたものである。

また、本件物件は、道路法第三二条第一項各号に掲げる物件のいずれにも該当しないから、道路占用許可によつて、道路上に本件物件のような家屋の建築を許すことは本来違法な許可であつて、この点からしても、本件土地の使用関係は、道路占用許可ではなくして賃貸借と解すべきであり、従つて、道路占用期間の満了を理由として同法同条同項に違反するとして除却命令を発することは違法である。

3、本件除却命令は、道路法第九一条第二項の適用を誤つている。

被申立人は、前記のように、本件土地について路線の認定がなされていないことに気付き、昭和三四年二月九日、長崎市議会の議決を経て、本件土地につき路線を認定し、同月一四日、その旨を公示、同時に道路区域を決定、公示した。しかして、本件土地を道路法第九一条にいわゆる道路予定地として、同法同条第二項を適用して本件除却命令を発したのである。しかし、右の路線の認定は、道路法第八条に違反する無効の行為である。何となれば、路線を認定するには、市の区域内に道路即ち人畜又は車類の通行すべき人工的設備を具えたものが存在することを前提として、その道路の路線を認定すべきもので、本件土地のように、以前の宅地(現在においても三分の一は個人所有の宅地である。)の上に家屋が建ち、六〇〇人に近い人が居住して商業を営んでいる土地を道路ということはできないから、本件土地を道路としてその路線を認定しても、それは無効の行為であつて本件土地が、それによつて、道路法第九一条にいわゆる道路予定地となつたとはいえない。

また、かりに、右の路線の認定の効力を認めるとしても、同法同条第二項は、道路の区域が決定された後、道路の使用が開始されるまでの間に、存在するに至つた工作物に対し、道路管理者が、当該区域内にある土地について権原を取得した後においては、場合により除却を命ずることができることを規定したものであるから、本件物件のように、道路の区域が決定される以前から存在している工作物に対しては、右の規定によつて除却を命ずることはできない。のみならず、本件土地は、また個人所有のものが三分の一あつて、道路管理者は、まだ、本件土地について権原を取得していない。この点からするも右の規定の適用はできないはずである。

4、本件除却命令は、道路法第七一条第一項第一号の適用を誤つている。

本件除却命令は、道路法第九一条第二項によつて準用する同法第七一条第一項第一号に基くものである。その趣旨は、右規定にいわゆる「法律の違反」が、同法第三二条第一項の違反というにあると思われる。しかしながら、前記のとおり、申立人らは、賃貸借契約に基き、本件土地を使用しているのであり、そして、右賃貸借は、本件土地について道路の路線の認定がなされたことによつて消滅するものではない。また、道路法第三条は、道路を構成する敷地については、私権を行使することができないと規定し、この規定は同法第九一条第二項によつて道路予定地にも準用されるのであるが、これに対しては同法第九八条の特別規定によつて、本件物件のような既存の工作物に対しては、右第三条の適用はないとされている。よつて、右第三条によつても申立人らの本件土地の使用権には消長をきたさない。要するに、申立人らは、なんら道路法第三二条第一項及びその他の規定に違反するところはないのである。

5、本件除却命令は、憲法第一四条に違反する。

申立人から、本件土地の占有使用を始めるまでには、長崎市との間に次のようないきさつがあつた。すなわち、申立人組合を除く申立人らは、終戦直後、現在の長崎中央橋東側西浜町電車交叉点附近から同市思案橋に向かつて左側一帯の疎開地跡に、バラツク建ての家屋を建てて居住し、商業を営んでいたが、昭和二四年春、長崎市によつて、右疎開地跡東側旧電車軌道上の地域に移転を命ぜられて移転したのである。さらに、昭和二六年頃、再び長崎市から右地域からも移転を命ぜられたので、移転先の指定を市当局に求め、移転先として、本件土地の指定をえて、その結果、前記のように、申立人組合と長崎市との間に、本件土地の賃貸借が締結されたのである。ところで、申立人らが、昭和二四年春、長崎市に明渡した前記土地は、道路予定地として、道路計画の中に含まれていたのであるが、被申立人は、申立人らが明渡した直後において、この地域に、附近一帯の資本家達の要請をいれて商店街を造らせることにし、四棟五一戸の建築を許したのである。そして、この建築物は、現存しているが、本件除却命令の対象にはなつていない。このように、申立人らと右の資本家達とを差別的に取扱うことは、すべて国民の法の下に平等であるとの憲法第一四条に反する。また、昭和二七年七月申立人組合が長崎市から賃借した土地の面積は、本件土地を含めて二五一坪九五であつたが、昭和三〇年四月、長崎市は、申立人組合に対し、賃貸土地の一部約二三坪の返還を求めたので、申立人組合は、これに応じて右の部分にあつた一棟九戸を撤去して、土地を返還したのであるが、その際、長崎市は、右土地の占有者に対して、金九〇万円の損失補償をしたのである。しかるに、申立人らに対しては、本件除却命令によつて、なんらの補償を与えることなく、理不尽にも道路法を適用して本件土地から退去せしめようとするものであつて、これまた憲法第一四条が保障する経済的関係における平等の原則を破るものである。

6、本件除却命令は、憲法第二九条に違反する。

前記のように、申立人らは、正当な権限に基き、本件土地を占有し、その上に本件物件を所有又は占有しているのであるから被申立人が、本件土地を道路予定地として本件物件の除却を命ずるには正当な補償をなさなければならない。補償をなさなければならないことは、さきに、土地を一部返還したばあいには金九〇万円を補償していることからみても被申立人は熟知しているはずである。ところが、本件除却命令においては、申立人らに対する補償を免れるため道路法を悪用するものであつてかかる処分は申立人らの財産権の侵害である。

7、本件除却命令は、憲法第三一条に違反する。

前記のように、本件除却命令は、法律の定める手続によらずして、申立人らの居住と営業の自由を奪うものであるからである。

三、以上のように、本件除却命令は、違法であるから、本件処分は、当然無効であるか、または、取り消さるべきものである。よつて申立代理人は、被申立人を被告として、昭和三四年四月一日長崎地方裁判所に対し、本件処分の無効確認等の訴を提起したが、本件処分の執行により償うことができない損害を蒙る緊急事態にあるので本申立により右処分の執行停止を求める次第である。

というにある。(疎明省略)

被申立人の右に対する意見は、

一、本件土地は、長崎市が長崎復興都市計画街路として決定し、法律上の手続を経て建設した道路である。

二、被申立人は、本件土地を、昭和二九年四月一日、申立人長崎中央協同組合に対し、期限は昭和三三年一二月末日、期間満了の際は、右申立人組合において、道路上に建設したすべての物件を取り除いて道路を明け渡すことの条件を付して道路占用許可を与えたものである。もつとも、右の道路は、当時においては、まだ道路法による路線の認定がなされておらず、道路法にいわゆる道路ではなかつたけれども、右道路占用許可の効力には影響がない。

道路法による道路ではなかつたが故に右の道路占用許可を直ちに借地法の適用をうける私法上の賃貸借と解する根拠はない。被申立人は、折角道路に供する目的をもつて築造工事を施して道路として完成した本件土地を賃貸するわけがないし、賃貸する意思はもとよりなかつたのである。ただ、右申立人組合員の境遇に同情し、本件土地において商業を営ましめることによつて更生の助けとなるならばと思つて暫定的占用を許可したにすぎない。使用料を徴したけれども本件土地の使用の対価たるにあまりに僅少な額であつて、これをもつて賃料ということはできない。このように、本件土地の使用関係は、道路占用許可であるが、かりに、道路法上の道路でなかつたために右の占用許可が無効であるとすれば、申立人らの本件土地の占有使用はもともとなんら権限に基かない不法占者といわなければならない。

三、右のように、本件土地について路線の認定がなされていなかつたために、被申立人は、昭和三四年二月九日、市議会の議決を経て、本件土地について市道路線の認定をなし、同月一四日公示し、同日道路区域を決定公示した。本件土地は、昭和二八年末に完成された都市計画街路であり、当時すでに事実上の道路たるの形態を具備していたものであり、右の市道路線認定当時には、その一部に本件物件が仮設されていて一部通行不能の状態にあつたけれども、本件物件は、道路占用期間を経過した不法建築物であるから、右の路線の認定、区域の決定は無効の行為ではない。かくて、本件土地は道路法にいわゆる道路予定地となつたのである。

四、よつて、被申立人は、本件物件の所有者又は占有者たる申立人らに対し、道路法第七一条第三項に従つて聴聞を行つたうえ、同法第九一条第二項、第七一条第一項第一号、第三二条第一項によつて本件物件の除却を命ずる旨の処分をなしたのであつて、右処分には、なんら違法は存しない。

1、被申立人は、本件土地について、昭和二八年道路完成当時においてすでに権原を取得していたのであり、本件物件は、道路の区域が決定される以前から存在していたものであるけれども、現在においては、なんら正当権限に基かない不法建築物であるから、道路法の右の諸規定の適用によつて除却を命ずることができるのである。本件物件が、同法第三二条第一項各号に掲げる物件のいずれにも該当しないとしても、同条同項の適用を妨げるものではない。右処分には道路法の適用を誤つた違法はない。

2、本件除却命令には、内容の不明確または不能の瑕疵はない。

被申立人は、本件除却命令をなすにあたり、申立人ら各自の所有部分を特定しなかつたけれとも、その趣旨は、申立人ら各自に対し、その所有部分の除却を命ずるものであることは、容易に理解できるところであり、また、本件物件につき所有権を有しない申立人らに対する除却命令は、本件物件につき、その所有者に対して除却命令が発せられていることを警告する意味でなされたものである。従つて、本件除却命令は、本件物件の所有者に対してはその所有にかかる部分の除却を命ずるものであり、占有者に対しては、その占有する部分につき除却命令が発せられていることを警告するものであつて、内容が不明確または不能の処分ではない。

3、本件除却命令は、憲法第一四条または第二九条に違反するものでもない。申立人らが、昭和二四年春明渡した土地は、平均幅員四五米の道路を建設する計画があり、この道路敷地に予定されていたが、その土地所有者達が、長崎市の買収に応ぜず、条件として幅員を縮少し、残地に商店の建設を許すならば買収に応ずる旨の申出があつたので、その申入を容れて幅員を二七米とし、残地に本来の土地所有者が商店を建てたのである。昭和二九年一一月申立人長崎中央協同組合に対し、土地の一部を返還を求めたのは、該地上に建物があること道路交通上危険であつたからであるが、その際金八〇万円を支払つた。それは道路占用の残存期間がなお四年余あつたからである。このような事情であるから、申立人らに対し特に差別取扱をしたのではなく、また、本件物件が不法建築物である以上、補償を要せずして除却を命じうることも当然であつて、申立人らの財産権を侵害するものでもない。

五、以上の次第で、本件処分には、なんら違法はないから、本件処分が違法であることを前提としてその執行停止を求める本件申立は却下さるべきである。なお、申立人らには、本件処分の執行により生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるとは認められないからこの点からしても本件申立は却下を免れないものである。

というにある(疎明省略)

理由

まず、本件について、処分の執行により生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があると認められるかどうかを検討する。

疎甲第三号証、第四号証によれば、申立人長崎中央協同組合を除く申立人らは、本件物件において商業を営んであり、しかも、本件物件は、長崎市における最も繁華の場所を占めていて、本件物件に代る営業の場所を長崎市において他に求めることは容易でないこと及び申立人らの中には、本件物件に居住して生活を営んでいて、他に住居を有しないものもあることが認められる。

しかし、被申立人提出の疎明資料によれば、本件土地は、長崎市が、長崎復興都市計画街路として建設した道路であるが、被申立人は、本件土地を、昭和二九年四月一日、申立人長崎中央協同組合に対し、期限は昭和三三年一二月末日、期限満了の際は、右申立人組合において、道路上に建設したすべての物件を除去して本件土地を明け渡すことの条件を付して使用の許可を与えたものであることが容易に窺われるけれども、右使用の許可の法的効果が如何なるものであるかは、またこれを疏明するに足る資料は存しない。しかし乍ら、被申立人提出の右各疏明資料によれば、少くとも右の使用許可当時においては、被申立人は、道路法に基く道路占用許可として本件土地の使用を許したものであり、前記申立人組合も前記条件のもとに道路占用許可として使用の許可をうけたものであること、被申立人は、右使用許可の期限が近づくにつれて、申立人らに対し、度々本件物件の明渡を求めていたことが認められる。

以上の事実から判断すると、申立人長崎中央協同組合は、本件土地は昭和三三年一二月末日までに明け渡さなければならないことを承知の上で一時使用の目的で使用許可をえたものであり、従つて、右申立人組合を除く申立人らも右期日までに本件土地を明け渡すべき義務があることは承知していたか少くともこれを知り得たものであり右期日までに本件土地を明け渡さないときは、建物除却命令によつて明渡を求められることを当然予想していたか少くともこれを予想し得べきものであつたと認められるのである。

そうすると本件除却命令により、右申立人らが、営業の場所を、また右申立人らのうち一部のものは、居住の場所をも失うことになるとしても、本件除却命令の執行により生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるものとは認めることができない。

よつて、その余の判断をまつまでもなく、本件申立は、認容し難いからこれを却下し、申立費用につき、民事訴訟法第二〇七条第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 高次三吉 藪田康雄 江藤馨)

(別紙目録省略)

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